学会の紹介:ISDM

オコナー氏主催で毎年開かれている意思決定支援の国際的会議『International Shared Decision Making Conference』の紹介です。
2005年6月は「様々なケアシステムや文化をもつそれぞれの国で意思決定サポートシステムをどう用いられているのか」というテーマで講演が開催されました。

ナーシングトゥデイ 2005年9月号掲載(p.68-69)

「意思決定」を科学する
第3回国際共同意思決定学術会議に参加して

  • 聖路加看護大学大学院看護学研究科 博士後期課程 辻 恵子(Tsuji Keiko)
  • 聖路加看護大学 講師 有森直子(Arimori Naoko)

治療や検査などの選択肢が増えるほど、患者の転帰ならびにその後の生活への影響は、より不確実性を帯びてくる。当事者たちが納得いく結果を得ようと思った時、多かれ少なかれ難しい「決断」を迫られることになる。そんな患者・家族の意志決定を支援するための手がかりとなる国際的な学術会議を紹介する。

適切な「決断」は意思決定の共有から

私たちはどのように患者自身の意思決定に関わっているだろうか。手術やそれに代わる治療方法の選択、リスクを伴う検査や予防的な処置、治療そのものの継続または中止と言ったさまざまな困難な決定が、限られた情報と時間、不確かさの中で課せられている。臨床でこのような当事者や家族に遭遇し、ジレンマを抱えたことはないだろうか。

インフォームド・コンセント(IC)の原則は、概して「十分な説明を受けた上での同意」と解釈されるが、本来は患者自らが意思決定を行う権利を意味する。患者は納得のいく医療を受けるために、自分の置かれた状況を正しく理解する必要がある。そのためには正しい情報を入手して活用する方法を知り、自身の価値や信念を明らかにしながら決断をしていくわけである。つまりそれを導く前提となる情報提供の義務が、医療者側に課されているのである。

欧米では、医療者による”患者のため”になされる恩恵的な決定が、”意思決定の共有”を前提としたものへ大きく移行しつつある。しかし日本では、未だこのような考え方は深く根づいておらず、医療を受ける側の認識もそこまで及んでいないのが現状であろう。ICにおける決断には、多くの倫理的・経済的・社会的課題が含まれているため、日本においても意思決定の過程を支援することは、今後とても重要になってくるだろう。

世界から200人が参加

2005年6月、第3回国際共同意思決定学術会議(International Shared Decision Making Conference)がカナダで開催された。会場となったオタワ大学のキャンパスは、英語圏とフランス語圏を分かつオタワ川にほど近く、ダウンタウンの中心に位置する。首都であるオタワには公園や緑が多く、美しい景観に出合うこともしばしばで、ゆったりと時間が流れている印象を与える。国会議事堂など行政や司法に関連した建造物や美術館、博物館が集まっており、その一つ文明美術館では、この会議の懇親会が催された。

3日間の会期中、欧米のみならず北欧や南米、アジアを含む全16カ国を超える国々から保健医療分野に関わる研究者たち約200人が一堂に会した。参加者はいずれも、各国の保健医療分野において指導的立場を担い、第一線で取り組む者たちばかりである。

参加者の学問的背景は、医学・疫学・薬学・看護学・心理学・社会学・政治学・健康経済学など多岐の分野にわたる。この学会では、14カ国、122人の研究者によって、意思決定支援システムの開発と評価のための基準について合意をめざすプロジェクトが組織されており、過去2年にわたる学術的な協力の成果が本会議で発表された。

議長のアーネット・オコナー博士は、オタワ大学教授であり、オタワ・ヘルス・リサーチセンター(OHRI)の上級研究員である。さらに、カナダヘルスケア消費者意思決定サポートの研究委員長という役割を担う。博士は消費者が自身にとって必要で十分な情報を獲得し、最終的に納得のいく決断をするための意思決定ガイド()の開発と発展を推進しており、現在500以上の意思決定補助ツールと評価尺度を展開している(これらの一部はオタワ・ヘルス・リサーチセンターのサイトwww.ohri.ca/decisionaidにて入手できる)。これらは、会議で発表された数多くの研究成果の中で、介入もしくはその効果の測定のために用いられていた。

図 オタワ意思決定ガイド(部分)

自分にとって何が最善の選択であるかがはっきりしていますか? はい いいえ
自分にはどの選択肢があるか知っていますか? はい いいえ
各選択肢の長所と短所を知っていますか? はい いいえ
どの長所、短所が自分にとって最も重要かはっきりしていますか? はい いいえ
選択するにあたって、十分な手助けとアドバイスを受けていますか? はい いいえ
他の人からプレッシャーを受けずに選んでいますか? はい いいえ

多様性の克服や実践デザインなど幅広く議論

今回の会議で掲げられたテーマは「多用なヘルスケアシステムと文化における意思決定の遂行」であり、関連テーマとして”共有される意思決定の基礎科学”、”プロセルとアウトカムの測定”、”介入と実践戦略のデザイン”が含まれていた。表1は基調講演のテーマである。

本会議のセッションでは、口演およびポスターセッションを合わせ、発表は140題以上にのぼった。EBMを基盤として提供される医療やケアの質または効果について、国レベルで明らかにするための要請があり、行政主導の大規模な無作為対照試験が数多く行われていた。

表2はテーマとして取り上げられた意思決定の領域のごく一部である。その中で意思決定支援に活用する方法論や媒体に関して、効果を比較・検討する試みや、意思決定のプロセスとアウトカムを測定するための質問紙の開発などが行われていた。

基調講演も含め、アブストラクトはdecisionaid.ohri.ca/ISDM2005/から全文のダウンロードが可能である。興味のある方はぜひとも参照されたい。

会場そのものには、奇をてらう趣向や大掛かりな準備はなされていない。その代わり、各セッションにおいて熱のこもった活発な討議が日々繰り広げられ、会議そのものを盛り上げ、価値の高いものにしていた。参加者が互いの研究や関心領域に真摯な関心を寄せるとともに、目指す目標や残された課題が国境を超えて共有されていることを強く意識しつつ、互いに高め合うための努力を惜しまない姿に、非常に感銘を受けた。

研究成果の公表の具体的な方法、そして”意思決定”の知識の共有と発展のさせ方に関して、学問の境界を越えた積極的な取り組みの交流が図られている。我々看護職にとってそこから学ぶべき点は多い。第4回大会は、ドイツで開催される。このような会議が遠くない将来、日本で開催されることを切に願う。

表1 基調講演のテーマ

政策としての研究方法~マキアヴェリがアーチー・コクランに出会った時に起こったこと 健康システムの意思決定における研究のエビデンスの役割と影響
インフォメーション・セラピー~決定の支援がクライアントに届けられるための戦略 すべてのクライアントに正しい情報提供がなされた場合の根拠のあるアウトカムは、安全性と満足度の増加そして医療コストの削減
包括的な健康情報の管理 根拠に基づく意思決定を推進するための方策としての知識管理とその成果
医師とクライアントの出合いにおける文化的影響~意思決定の介入のケースより 治療・健康・保健政策に関するシステム構築に関連したクライアントの意思決定への参加と文化的影響

表2 扱われたテーマの領域

周産期・ウィメンズ・ヘルス 分娩様式、産痛緩和、出生前診断、更年期のホルモン療法
治療・スクリーニング 卵巣・前立腺・乳がんの選択的外科的治療と代替療法、スクリーニング。椎間板ヘルニア、精神疾患、糖尿病、腎不全、心疾患の治療法と予防処置、薬物療法など