人生紙芝居

■ 物語をケアとして用いる実践

 物語をケアとして用いる実践は、1970年代に心理療法の中から誕生したナラティヴ・セラピーと呼ばれる一群の実践に端を発しています。そこでは、患者の「自己物語」と「認知・経験」とが矛盾することで心理的問題が生じると見なされ、治療者が患者に「自己物語の書き換え」を促すことが、ケアの目標となります。こうした考え方のケア実践は、現在では非常に多様に展開されています。

 例えば、アルコール依存症の集団療法では、「自らを律して生きてきた」という自己物語を抱く患者に対して、「飲酒習慣を変えられず、自己破壊的な行動をとっている」という認知を促し、「自らを律せられない無力な自分が、他者の力を借りて困難を乗り越えようとしている」という新しい自己物語に書き換えさせることが目標とされます。

 これに対して、さらに近年では「自己物語の書き換え」を目的とせず、治療者が患者の「自己物語の承認」を促すだけにとどめる実践例も多数報告されており、それらがケア的実践として成立していることに関心が集まりつつあります。「人生紙芝居」は、そのような実践の一つとして位置づけることができ、日本人の語り合いの慣習や伝統文化に根ざした、シンプルながら非常に奥の深い実践です。

■ 人生紙芝居の作成と上演

 人生紙芝居は、西伊豆にある宅老所「みんなの家」の奥田真美さんが考え出した実践方法です。奥田さんたちは、自分たちの施設を利用する人たちが「どんな人生を歩んできた人なのか」をほとんど知らないままに、介護を行っていることに疑問を感じていたそうです。どうしたものだろうかと考えて、様々な試みを行われました。

 介護施設などでは、レクレーションの一環として紙芝居が上演されることがあります。奥田さんたちも、「桃太郎」や「かぐや姫」のような昔話を題材にした紙芝居の上演会を行っていましたが、お年寄りには飽きられてしまって、喜んでもらえなかったそうです。そこで、利用者を主人公にした紙芝居を作ってみたらどうだろうかと思いつかれたそうです。

 しかし、実際にそのような紙芝居を作ろうとすると、その人が歩んできた道を、詳しく教えてもらわなければなりません。作画をするためには、どんな服を着ていたのか、どんな場所でどんな道具を使っていたのかなど、人や物の一つ一つが実際にどんな様子だったのかを知る必要があります。こうした「情報」を、本人から丁寧に聞いていき、また古い映像資料などを探したりしながら、できる限り本人に「ああ、こんな感じだった」と思ってもらえるような絵を描けるように努力されたそうです。

 奥田さんは、そのような作業をする中で、それが利用者を理解する試みになっていることに気がつきます。それまでは、「高齢で、認知症を発症している人」に過ぎなかった人たちに、それぞれの人生の物語があることがありありと浮かび上がってきます。かつて戦争に行き、行商を営み、学校で教え、子どもを育て上げ、等々。

 上演会を開いてみると、有名な昔話では居眠りをしていた人たちが、活き活きとした顔つきをして紙芝居に夢中になったそうです。あなたはこんなだったんだ、とか、私もこうだったんだとか、お互いに自分の身の上話を聞かせあったりしています。介護をしてきた人たちにとっても、この人はこんな人だったのかと、初めてその人を知ったかのような驚きがあったそうです。

■ ハンセン病回復者の人生紙芝居

 このように、たんに紙芝居の題材となった当人だけでなく、同じ境遇にある同病者や、ケアを提供している医療福祉従事者にも、何らかの「効果」がありそうなのが、この人生紙芝居です。私はこの不思議なケアの現象を、ナラティヴ・アプローチの観点から考えてみたいと思っています。そのために、若い学生さん達の力を借りて、奥田さんたちが対象としてきた高齢者のほかにも、様々な人たちの人生紙芝居を制作してみようと考えました。

 その最初の試みとして、私のゼミで卒業研究を行った藤木優さんが、ハンセン病回復者の人生紙芝居を制作しました。ハンセン病回復者は、強制隔離によって家族とのつながりを断ち切られ、しかも断種という恐ろしい考え方に基づいて、多くは子どもを持つことも許されなかった人たちです。

 彼らの経験は、日本のハンセン病政策の過ちを未来に伝えていくという「負の遺産」の継承という意味を持っています。しかし、当然のことながら、一人一人の回復者には、それぞれに異なった人生の物語があり、それぞれの輝きを放っています。その物語を丁寧に聴き取り、紙芝居を作ることで、また新しい可能性がひらけるのではないかと期待しています。

 数ヶ月かけて、一人の回復者の人生紙芝居が完成しました。最初の取り組みなので、自分の人生の物語を語られてきた方にお願いしました。栗生楽泉園入所者自治会長の藤田三四郎さんです。藤田さんに人生紙芝居をお見せしたところ、これまで行ってきた語り部活動(楽泉園や、重監房資料館などの訪問者に、自分の経験を語り聞かせる活動)に活用し、子どもたちの前で上演したいとおっしゃっていただきました。高齢化が進み、語り部活動そのものが難しくなってきている状況の中で、人生紙芝居の新しい利用方法が見つけられそうな気がしています。

© Michio Miyasaka 2014