『医療倫理学の方法 原則・ナラティヴ・手順』

 2005年の刊行以来、本書は医療系大学や専門学校等で、医療倫理学のテキストとして広く使われているものとなっています。本書では倫理問題を扱うための「方法論」を重視し、生殖医療から終末期医療、および医学研究などの各領域の具体的な事例の分析法や解決策を解説しています。今回の新版では、米国のジョンセンらの「四分割表」を日本の医療現場に適する内容に修正したもの、および筆者らが開発した「ナラティヴ検討シート」を新たに採用しました。また、昨今の研究不正への関心の高まりと研究倫理教育の必須化の流れを受けて、研究倫理についての解説を充実させました。 

 講義テキストとして使用することを想定して全体を6部(15講)の構成にしてあります。また、医療倫理・生命倫理の講義がない大学や各種学校で学ぶ学生さんのために、高校卒業程度の学力を持った読者を前提に、専門用語には解説を付けるなど、一人で学べるような内容構成と記述を心がけ、スライドで解説するときのような図版も多く採り入れています。今後も本書の内容を洗練させ、より読みやすいテキストにしたいと考えておりますので、内容等について忌憚のないご意見を著者までお寄せ下さい。 


本書の構成 

総論
第1~2部は総論で、医療倫理の歴史と方法論の概説です。

  • 第I部:医療倫理の歴史(第1~2講)
    古代の「ヒポクラテスの誓い」から、近代医学の成立期の医療倫理の変化、そして19世紀後半から20世紀にかけての優生学の隆盛、ドイツと日本の第二次大戦時の医療従事者による人体実験等の人権侵害、その処断のあり方の差異、20世紀後半の「患者の権利」の時代における日米の医療上の重要事例史などについて、大きな流れを追いながら医療倫理史を概説します。731部隊による人体実験、ハンセン病問題など、従来の医療倫理のテキストで言及されることが少なかった重要事例にも触れています。

    [第1講]古代から近代の医療倫理の変遷
      A 古代医療における医療倫理
       1. 倫理規範と倫理綱領
       2. 患者優位の関係
      B 中世から近代にかけての医療倫理の変化
       1. 集約的医療施設の誕生
       2. 科学としての医学の誕生
       3. 優生学の誕生
       4 近代医療の導入期における日本の医療倫理

    [第2講]現代 ─ 患者の権利の時代へ
      A 医療従事者が人命を奪った悲劇とその断罪
       l. ドイツ
       2. 日本
       3. ドイツと日本の医師たちの戦時犯罪の処断
      B 被験者の権利から患者の権利へ
       l. 米国から世界に波及した患者の権利
       2. 日本での患者の権利

  • 第II部:医療倫理の方法論(第3~4講)
    本書では、欧米で構築されてきた理論を概括し、「原則論」、「物語論」、「手順論」という三つの視点から問題を検討する方法論を提示し、これに沿って医療倫理の諸問題を検討するアウトラインを示します。方法論の解説にも各論のように一部にケーススタディを採り入れています。今回の改版では、「原則論」と「物語論」とを現代医療倫理学の二つの基盤的な系統として捉え直し、これらを医療の現場での活動に組み入れていく方法論として「手順論」を位置づけるという枠組みを採用しました。

    [第3講]基本的な概念と構造
      A 倫理問題を検討するためのル ール
       1. 人物と議論の評価を区別する
       2. 根拠を明示する
       3. 事実と評価とを区別する
       4. 事実と評価を吟味する
      B  医療従事者のおかれた社会的立場
       1. 医療従事者同士の関係―― 「臨床」内部の重層構造
       2. 医療従事者と社会の関係―   「臨床」外部の重層構造
       C ヶ—ススタディ
       事例:救急救命士による気管挿管
       1 . 倫理問題を検討するためのル ー ル
       2. 医療従事者のおかれた社会的立場

    [第4講]三つの方法論 ─ 原則論、物語論、手順論(1)
      A 倫理理論
      B 原則論 45
       1. 原則とは何か
       2. 原則の内容
       3. 原則の適用
      C 物語論
       1. 医療従事者と患者がおかれた文脈の迎い
       2. 物語理論
       3. 医療倫理での物語理論の応用(I) — 異なるナラテイヴの理解
       4. 医療倫理での物語理論の応用(2) —ナラテイヴの調停

    [第5講]三つの方法論 ─ 原則・手順・ナラティヴ(2)
      A 手順論
       l. 手順とは何か
       2. 臨床倫理の検討のための様々な手順
       3. 手順論の活用
       4. 原則論物語論手順論の関


各論
 第3~6部は各論で、「死と喪失」、「性と生殖」、「患者の権利と公共の福祉」、「医学研究と医療資源」の四つのテーマに大別しています。各テーマとも、最初にレビューを設けて、主な倫理的問題がどこにあるかを概説しました。次にケーススタディを行い、典型的な事例を題材に、原則論、物語論、手順論のそれぞれの視点を用いて検討します。

  • 第III部:死と喪失

    [第6講]死と喪失についてのレビュー
      A 現代人の死生観
      B 絶望と希望
      C 死と自己決定
       1 . 日本の自殺肯定の美意識
       2. 死を間近に見よ
       3. 死はみずから決するものではない D 医療と死
      E 倫理的問題はどこにあるか

    [第7講]告知 ─ 深刻な診断を知る,それを伝えるということ
      A 「悪い知らせ」とは何か
      B ケ ーススタディ:手順論による問題点の抽出と論点整理
       事例:がんの告知
       1. 4分割表による事実関係の整理
       2. ナラテイヴ検討シー トによる対立点の整理
      C 倫理的問題の焦点:原則論と物語論による掘り下げ
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析
       3. 新しい手順一 − 事前指示箸

     [第8講]尊厳死─最後まで生きる,その人にかかわるということ
      A 尊厳死とは何か
      B ケーススタディ:手順論による問題点の抽出と論点整理
       事例:人工呼吸器の取りはずしを望む患者
       l. 4分割表を用いた事実関係の把握
      C 倫理的問題の焦点:原則論と物語論による掘り下げ
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析

  • 第IV部:性と生殖

    [第9講]性(セクシュアリティ)について
      A 性についてのレビュ ー
       1. 性の重層性
       2. セクシュアリティと倫理
       3. セクシュアリティと医療 121
      B ヶーススタディ
       事例:性的な介助を求められた理学療法士
       1. 手順論による分析 — ナラテイヴ検討シー トを用いた分析
      C 倫理的問題の焦点
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析

    [第10講]生殖について
      A 生殖についてのレビュ ー
       1. 生殖と「弱い立場の人」の権利
       2. 生殖をめぐる倫理的問題
      B ケーススタディ:生殖補助医療
       事例:妹からの卵子提供による体外受精を考えている事例
       1. 手順論による分析—    4分割表を用いた分析
      C 倫理的問題の焦点:生殖補助医療
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析

    [第11講]障害児の出生を「防ぐ」ということ
      A ケーススタディ
       事例:障害をもつ子どもの中絶を考えている事例
       1. 手順論による分析― 4分割表を用いた分析
      B 倫理的問題の焦点
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析

  • 第V部:患者の権利と公共の福祉

    [第12講]患者と第三者の利害の対立
      A 感染症による他者危害
       l. ペストとインフルエンザ
       2. 感染症の大流行と社会の混乱
       3. ハンセン病と結核—感染症と差別
       4 日本のハンセン病対策の過ち
       5. 現在の日本の感染症対策
      B 精神障害による自己危害・他者危害
       1. 精神障害のとらえ方
       2. 中世キリスト教社会での迫害
       3. 「科学の時代」における解放と迫害
      C 思想信条による自己危害
       1. エホバの証人の輸血拒否
      D 倫理的問題はどこにあるか

    [第13講]自己危害と他者危害
      A ケーススタディ:感染症による他者危害の防止
       事例:肺結核症患者への対応
       l. 手順論による分析
      B 倫理的問題の焦点:他者危害の防止
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析
      C ケーススタディ:自己危害の防止
       事例:認知症症状のある高齢者の身体拘束
       l. 手順論による分析
      D 倫理的問題の焦点:自己危害の防止
       1. 原則論からの分析
       2. 物語論からの分析 


  • 第VI部:医学研究と医療資源

    [第14講]生体と医療資源
      A 医学研究と研究倫理
       1. 研究者としての倫理
       2. 人間を対象とした研究の倫理
       3. 研究対象研究方法についての議論—特に動物実験について
       4. 動物の道徳的地位についての基準
       5. 3つのR
      B 医療資源
       1. 医療資源の種類
       2. 生体の資源化
        3. 医療資源の配分

    [第15講]医療資源の配分と医療情報
      A ケーススタディ:資源化の是非
       事例:ES 細胞を利用した再生医療の研究
       1. 手順論による分析
      B 倫理的問題の焦点:資源化の是非
       1. 原則論からの分析:ガイドラインの背景にあるもの
       2. 物語論からの分析
      C ケ ー ススタディ:医療資源の配分
       事例:家族介護の限界と介護支援の拡充
       1. 手順論による分析
       2. 原則論からの分析
       3. 物語論からの分析


資料
以下の資料を巻末に集録しています。

  • WMAヘルシンキ宣言 ヒトを対象とする医学研究の倫理的原則
  • 患者の権利に関するWMAリスボン宣言
  • 日本医師会 医の倫理綱領
  • 日本薬剤師会 薬剤師倫理規定
  • 日本看護協会 看護者の倫理綱領
  • 日本理学療法士協会 倫理規程
  • 日本作業療法士協会 倫理綱領
  • 日本視能訓練士協会 倫理規定
  • 日本臨床衛生検査技師会 倫理綱領
  • 日本歯科技工士会 歯科技工士の倫理綱領 



© Michio Miyasaka 2014